デス・オーバチュア
第135話「天破剣」





「……終わったのか?」
世界に『切り口』が生まれたかと思うと、そこからゼノンが姿を現した。
吹雪の竜巻も、九頭の雪龍も消え去り、雪原は静まりかえっている。
「……ゼノン、勝手に入り口作らないでよ。ノックすれば入り口作ってあげるから……」
フィノーラは呆れたように溜息を吐いた。
ゼノン、この剣の魔王だけは、全てのモノ(物質として存在しない、触れられないモノすら)を斬るという現象概念で、マスターの許可なく、他人のプライベートワールドに侵入できるのである。
「次からはそうしよう」
「…………」
このセリフは何度も聞いた。
だが、守られたことは一度もない。
こいつは過去には拘らない……いや、過去を……細かいことを覚えていられない女なのだ。
「で、終わったのか?」
「見ればわかるでしょう? ナインヘッドスノードラゴンのブレスで跡形もなく吹き飛ばしてあげたわよ」
「ほう、雪の九頭龍を召喚したのか」
「ええ、冷凍光線じゃなくて、吹雪を超々高出力で撃ちだしてやったわ。念のため全頭でね、まあ、一頭で充分だったかもしれないけど……」
「どうやら、凍らすことのできない……雪女には厄介な相手だったらしいな」
「雪女って言うのはやめてよね、私達は雪華族、魔界の雪の妖精なんだから……」
雪華族とは、地上の東方では雪女と呼ばれる妖怪(妖魔)の一種である。
本来は物凄く低位の魔族の一族であり、ネージュやフィノーラは魔界産とはいえ、突然変異ともいえる超例外な存在だった。
妖魔(低位魔族)というより、精霊という肉(物質的な体)に縛られない純粋な意志と力だけの存在に……雪華族は近い
広義では妖魔に分類こそされているが、その本質は精霊(霊)と妖魔(肉)の中間のようなあやふやな存在……文字通り『妖精』だった。
「それは悪かった、次からは気をつけよう」
「…………」
フィノーラは諦めたような表情で溜息を吐く。
絶対この女は次の時にはすっかり忘れていて、同じ事を繰り返すのだ。
知識的なことは忘れないくせに、記憶はいい加減なのである、この女は。
「……ん、どうやらまだらしいな」
「えっ?」
何がと尋ねるよりも早く、雪原の中から一人の騎士が飛び出してきた。
「サウザンド!?」
その人物は紛れもなく、災禍の騎士サウザンドである。
「ああ……最高の一撃だったよ、白き雪の妖精よ……死翼双滅(しよくそうめつ)でも完全に威力を相殺することができなかった……」
「ふむ、どうやら剣撃の威力だけで防いだようだな、お前のペット(愛玩動物)達のブレスを……」
「嘘!? 本当に剣術だけであの子達のブレスを!? まったく、あなたといい、剣士って奴はデタラメ過ぎよ……」
フィノーラは諦めたような、同時に呆れ果てたような表情を浮かべていた。
「さて、こいつはこの後、運命の相手との死闘が待っている……この辺までにしてやってはくれないか?」
ゼノンが庇うように一歩、フィノーラの前に出る。
「ゼノン?」
「ほう、そうなのか……でも、悪いがオレには関係ない。というか、オレにも時間はないらしい……やはり、千夜どころか一夜の命だったようだ……このまま何もしないで居ても、夜明けには、雪が朝日で溶けるかのように我が身は消えゆくだろう……」
「そうなのか?」
ゼノンは確認するようにフィノーラを振り向いた。
「ダメージを受け過ぎ、何より力を消費し過ぎなのよ。普通に生きるだけなら、二、三年は保つように器を作ってあげたはずなのに……千手なんたらだか、私達クラスの威力の技を人間ベースのくせに使うんだもの……それにこの私の技をいくつ喰らったと思っているの……本来なら、とっくに力尽きているはずよ……」
「然り。全力で技を放てるのは残り一撃だろう……我が最後の千手、見事受けてくれるか?」
サウザンドは双剣を持つ両腕で自らの体を抱き締めるよう構える。
「そうね、作り手の責任として、最後まで……」
「まあ、待て。オレでは不満か?」
「ゼノン?」
「ふむ、なるほど……友達思いだな。いいだろう、最強の剣士よ、オレのこの世で最後の相手はあんたで『我慢』してやろう」
「それは、光栄だな……下がっていろ、フィノーラ」
「……解ったわよ」
フィノーラは不満そうな、納得いかない表情をしていたが、しばしの間の後、後方に跳び離れた。
ゼノンは腰に差していた剣を鞘ごと地に投げ捨てる。
「ん? どうしたんだい?」
「何、こちらの我が儘を聞いてもらったせめてもの礼だ。例え、今のお前がオレに数段劣っていようと……全力で相手をしようと思ってな」
ゼノンが右手を天にかざすと、異常に巨大な漆黒の剣が出現し、その手に握られる。
「魔極黒絶剣(まごくこくぜつけん)……魔黒金で作られた魔界最強の剣、オレの愛剣だ」
「ち、ちょっと、ゼノン!? 地上でその剣を使うつもり!? あなた何を考えて……」
「心配無用だ、フィノーラ。地上も、オレの体もな……」
ゼノンは一瞬だけフィノーラの方を振り返ると、優しく微笑んだ。
「だって……もう、勝手にしなさい!」
フィノーラは不満げだったが、笑顔に負けたかのように、引き下がる。
「魔黒金か……確か、神銀鋼と真逆(まぎゃく)の性質を持つ金属だったな……共通の性質は非常識に重いことだけ……そのサイズ……山一つを片手で持っているようなものだな」
サウザンドは楽しげに笑いながら言った。
ゼノンの化け物ぶりが、そんな化け物と殺し合えるのが嬉しくて仕方ないといった感じである。
「博識だな、魔界の金属を人の身で知っているとは……まあ、そんなことはどうでもいいか。一発勝負……それでいいな?」
「無論だ。元より、次の一撃でオレは終わる……万に……いや、億に一つの可能性でアンタに勝とうともな……我が結末は何も変わりはしない」
「悔いを残さぬように、全力で打ってくるがいい、お前の必殺の一撃を……」
「では、参る、この世で最強の剣士よ……」
サウザンドの殺気と闘気がこれまでで最高に高まり、弾けるように爆発した。
「千手千斬……」
「……我が剣は不敗……その一刀は天の四方を蹂躙する……」
ゼノンは剣に左手も添えて、両手で大上段に振りかぶる。
「死翼双滅!」
「天破剣(てんはけん)!」
サウザンドの両手が解き放たれ、幻影の二千の腕が翼のように拡がり世界を埋め尽くす中、ゼノンはただ一太刀、全力で剣を振り下ろした。



天破剣とは本来必殺技どころか、技とも呼べぬ単純すぎる行為だ。
最強の剣士が、最強の剣で、最強(全力)の一撃を放つ……ただそれだけだ。
縦一文字斬り、一刀両断、やっていることはそれだけである。
だが、それだけで、天をも蹂躙尽くすこの世で最強の破壊力が生まれるのだ。
「ふっ……はははははっ! たったの一太刀か!? ただの一太刀の巻き起こす剣風が、我が二百万の死の翼(刃)を全て掻き消すとはなっ!」
サウザンドの背後には何もない。
彼の背後だけ、雪すら全て消え去り、雪の大地が蹂躙され尽くし死の大地と化していた。
「楽しかったよ……『最強』というものがこの身で味わえた……果てしなく遠いな……」
「そうでもない。お前ならいつか辿り着けるさ、オレぐらいならな……」
「いつかか……では、出番の終わった役者は消えるとしよう。また、いつか殺し合いたいものだな……まあ、しばらくは冥府の底でも目指すのも一興か……」
サウザンドの全身に縦一文字の黒光が走る。
次の瞬間、サウザンドの体は両断され、二つになったかと思うと、無数の雪の粒と化して弾けて消えた。
「冥府か、あそこは遠いぞ。まあ、時間は永遠にあるのだから、気長に楽しむといい」
ゼノンが軽く一振りすると、魔極黒絶剣は空間に溶け込むように消失する。
「ああ〜、私の避暑地が……プライベートゲレンデが……半分消し飛んだ……ああ〜……」
「ん、どうした、フィノーラ?」
フィノーラはがっくりといった感じで力無く座り込んでいる。
「どうしたじゃないわよ!」
ゼノンが彼女の前まで近づくと、フィノーラはいきなり噛みついてきた。
「何、他人のプライベートワールドを半壊させているのよ!? あんたの作った死の大地には草一本生えない、雪を降らせても積もらない! また無から世界を創りなおさなきゃならないじゃない!」」
勿論、噛みつくといっても、本当に噛みつくわけではなく、激しい調子で議論する、くってかかるという意味の噛みつくだが。
「ふむ……別にいいではないか、まだ、半分残っているのだから」
「そういう問題じゃないわよ!」
フィノーラは九尾の白鞭を叩きつけたが、ゼノンはあっさりと最小限の動きで全てかわしてしまった。
「さて、では行くとしようか」
ゼノンは何事もなかったように、自分が最初入ってきた世界の切り口に向かって歩き出す。
「まったく、だから、あん……あなたは嫌いなのよ! 全然繊細じゃない、凄く大雑把で単純で物事に執着が無くて……あなた、本当に女なの!?」
「オレは無性体のセルとは違って、どこからどう見ても女だ。こんな華奢で女顔な男が……ふむ、居ないこともないか」
ゼノンの脳裏に浮かんだのは、ルーファスとオッドアイ親子だった。



「凄い……凄いデタラメね……」
修道女は聖書を読みながら、呟いた。
「核、電磁、反物質……何もかもが馬鹿馬鹿しくなる……ただ剣を振っただけの衝撃が、風圧が全てを凌駕するなんてね……デタラメにも程というものがあるわ」
自分の兵器、科学技術も、既存の科学からかなり外れたデタラメなものだと思っていたが、アレに比べればまだ一応法則、理屈の範疇に引っ掛かってはいる。
だが、あの力には法則どころか、理屈すら無用だった。
「魔界東方の不敗の魔王か……」
あんな存在と誰がまともに剣をかわすことができる?
「危ない危ない、あの人にはちょっかいかけなくて良かった……」
魔王というのがあそこまでのモノとは思っていなかった。
エナジーの絶対量はともかく、地上で行使できる戦闘力は異界竜の雛達と大差はないものだと思っていたのである。
「やっぱり、知識として知ってはいても、実際に見ないと強さは実感できないわね」
文字として書かれた机上の知識としてなら、全ての魔王の能力は知っていた。
けれど、実際に目にした能力は、想像していたものとはまるで違う。
どこまでも非常識な、別次元の強さだった。
「……それはそれとして」
修道女は視線を聖書から、この部屋で行われていることに移す。
「天の雷と地の雷……こっちもしっかりと見ないとね」
修道女は今度はライブで勉強……観戦することにした。







第134話へ        目次へ戻る          第136話へ






一言感想板
一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



簡易感想フォーム

名前:  

e-mail:

感想







SSのトップへ戻る
DEATH・OVERTURE〜死神序曲〜